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宮島の弥山〜安芸の宮島の御神体である弥山の謎に迫る!


宮島の弥山〜安芸の宮島の御神体である弥山の謎に迫る!
神の島に出会う世界文化遺産 安芸の宮島の謎に迫る!弥山に点在する謎の奇岩が語る古代の神秘が教えてくれる
厳島の真価は頂上にあり―。
「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」
そう名言を残した伊藤博文によって、登山道の整備までされた標高535mの弥山。
広島を日本の首都にしようとしていた明治天皇が、行幸の際に宿泊先に選んだのが弥山麓の大聖院。
古来から山岳信仰のある厳島、数々の神聖ないわれのある霊跡が残り、
世界遺産に指定された手つかずの自然「弥山原始林」が残る。
頂上には数々の奇岩が点在する
弘法大師空海の想いを今に伝える弥山


古来より厳島は山を神聖なものとする山岳信仰の地であった。
大同元年(806年)秋に、空海が求聞持の秘法を修行されて開基した弥山。
空海は、古代インドの世界観の中心である須弥山(しゅみせん)に似ていることから、弥山と名づけたという。

千二百年の時を経て語り続ける空海
空海の想いを胸に、真言・真の言葉に触れる


空海は唐から帰国した翌年に、宮島に立ち寄り、護摩を焚き100日間に及ぶ求聞持(ぐもんじ)の秘法を修し弥山を基されたという。
その時使った霊火が、「消えずの火」として霊火堂の中で1200年の時を経て燃え続けている。
空海は、帰国した際に霊地を捜し求めていた。弥山は、重要なパワースポットだと感じたに違いない。
数々の奇岩を目の当たりにし、弥山を肌で感じた人の多くがそう感じるという。

 大聖院(だいしょういん) 

火渡り神事 「マニ車」のある階段を登っていくと、大聖院に辿り着く。
戒壇めぐりという「南無大慈大悲観世音菩薩」と一心に唱えながら、真(まこと)の闇で、この暗黒の世界を静かに進むことで、これまでの自分自身を省みて、積み重ねた罪障を取り除くための精神修養の道場が本堂地下にあるという。
自己を反省する人は、外の光を目指して歩くという。

大聖院には長い階段を登っていく。その階段の両脇には、一段づつ置かれている羅漢像があり、その間には、お経の入った小型の筒「マニ車」があり、手で回しながら大聖院まで登っていく。
「マニ車」を一回まわすと経文を一回唱えたのと同じ功徳があるという。

宝珠がドルメンに祀られている
大聖院は宮島にある寺院の中で最も古い歴史を持ち、正式には多喜山水精寺大聖院と呼ばれる。
806年、空海が三鬼大権現を勧請し弥山を開基した大聖院。
1200年の歴史の重みを感じにはいられない。
真言宗御室派の大本山で、霊峰「弥山」の麓に鎮座する。
明治維新の神仏分離令までは十二坊の末寺を有し、厳島神社の別当職として祭祀を行ってきた宮島の総本坊である。
空海ゆかりの霊火堂や三鬼堂、求聞持堂などの管理に携わっている。

厳島御室にもなっている大聖院は、鳥羽天皇勅命の祈願道場として創建されてから、歴代皇室との関係も深い。
安土桃山時代、御奈良天皇の御子である仁和寺第二十世任助法親王(厳島御室)が、法流相伝のため大聖院に住しておられた。
同12年11月御葬去され、宮島口御室山に御陵墓がある。
それから、西の御室となり、脇門跡の称号が与えれた。
明治18年7月31日、明治天皇が厳島に行幸の際には宿泊先になった。
同20年焼失したが、再建され、御所の間には御尊影と行列次第が掲げてある。

天下統一を果たした豊臣秀吉は、大聖院で幾度も盛大な歌会も開いた。
歌会には、細川幽斎など当代一流の歌人を招いたという。

この大聖院には、時を超え、多くの日本を動かした人たちが全国から訪れる。
それは、弘法大師空海によって伝えられる想い、弥山の神聖な空間を感じているからにほかならない。

大聖院に祭られている仏様は、十一面観世音菩薩をはじめとする数々の観音菩薩、不動明王、三鬼大権現、七福神、一願大師などが有る。

<本坊>
 大師堂本堂(だいしどうほんどう) 

大同元年(806年)、弥山を開基された真言宗の開祖、弘法大師空海を祀る。
大聖院本坊最古の建物である。
お堂の周りには、それを取り囲むように西国三十三観音、一願大師、稚児大師等が祀られている小さな堂がある。

本坊にはこの他にも、摩尼殿 、遍照窟 、観音堂 、八角万福堂 、勅願堂 、石仏十一面観音・施無畏堂 、明治天皇行幸図 、仁王門 、鐘楼堂 、御成門 、愛染堂 、薬師堂 、阿弥陀堂 、中国三十三観音霊場お砂踏み道場(戒壇めぐり) 、砂マンダラ、がある。

<弥山>
 弥山本堂 

弥山本堂は、空海が護摩を焚き100日間に及ぶ求聞持(ぐもんじ)の秘法を修したところとされ、本尊虚空蔵菩薩、脇に不動明王、並に毘沙門天を祀り、平清盛、足利義尚、大内義隆、福島正則などの雄将の信仰が深かったという。

 三鬼堂(さんきどう) 

信心でおとす 心のしみとあか(垢)
空海は、弥山に三鬼大権現を勧請したという。
三鬼大権現は、日本で唯一の鬼の神で、霊験あらたかな弥山の守護神であるという。
「知恵」の徳を司る時媚鬼神(虚空蔵菩薩の化身)・「福徳」の徳を司る追帳鬼神(大日如来の化身)・摧破降伏の徳を司る摩羅鬼神(不動明王の化身)の三鬼神(さんきじん)が祀らている。
福徳、智恵、降伏の徳をそなえ、日本全国から集まる大小の天狗をお供に威大な神通力で衆生を救うとされる。
伊藤博文は三鬼神を篤く信仰し、度々参詣に訪れたと云う。

 大日堂(だいにちどう) 

大日堂は、厳島神社の神護寺として威力を持ち、金剛界・胎蔵界の大日如来を祀る。
明治以前、国家の隆昌を祈願するために、正月の七日間全島の僧が登山して修正会を勤修したとされる道場でもある。

 奥の院 

御山神社の西方に行くと、奥の院がある。空海が修行を行ったところとされる。

弥山にはこの他にも、大梵鐘 、不消霊火堂 、文殊堂 、観音堂 、求聞持堂がある。

>> つづき (弥山の七不思議のミステリー)
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