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世界遺産の島 安芸の宮島―。
厳島神社が鎮座するこの島に、数々の謎が存在する。
かつて、禁足地として入山することが出来なかった、御神体であるこの島の謎とは?
そして、内宮である ”厳島神社” と、弥山山頂付近に鎮座する奥宮の ”御山神社” との関係とは?
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海の中に鎮座する厳島神社。
世界遺産の厳島神社は、神が降臨する場所と考えられた「弥山」を守るように建てられている。
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大鳥居、厳島神社、弥山を海側から眺める
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厳島神社は向かって左側から入り、右側から出て行くようになっている。
Photo by (c)H3 |
古くは、伊都岐嶋神社(いつきしまじんじゃ)とも、厳島大明神(いつくしまだいみょうじん)とも云われていた。
約6000年も古来より、島全体がご神体である神の島とされ、決して人が住むことを許されなかった。
推古天皇元年(593年) ― 大和時代の安芸の豪族であり、厳島に住む佐伯部の有力者である佐伯鞍職(さえきのくらもと )が、市杵嶋姫命の神託を受け、御笠浜御(みかさのはま)に厳島神社を創建したことが始まりとされる。
佐伯鞍職は、初代神主となり、以後安芸国造佐伯氏が代々神主を努めた。
現在の海上社殿は、仁安3年(1168年)にかねてから厳島神社を崇敬してい平清盛の援助を得て、佐伯景弘が造営した。
本殿に祭られている御祭神は、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神である。
<”8 ”にこだわる厳島の神秘>
朱塗りの大鳥居は、本社火焼前(ひたさき)・平舞台より ”88間”(約160m)の位置にそびえている。
朱塗りの大鳥居は、本社拝殿より ”百八間”の位置にそびえている。
現在の樹齢500〜600年のクスノキの自然木で作られた大鳥居は、8代目にあたり明治8年に建てられた。
厳島神社の境内にある各建物を繋ぐ回廊の長さは東西合わせて”百八間”ある。
回廊の柱と柱の間にはめ込まれている床板は、”8枚ずつ”になっている。
さらに柱と柱は、八尺になっている。
毛利元就が最初に寄進したとさる参道の石灯籠は、”百八灯明”と呼ばれ、もともとは煩悩の数を表す”108基”あった。
厳島神社は、数々のメッセージを込めて造られている。
”8”への拘りは、”8”を神聖な数字として捉えている仏教の影響と言われている。
また、平安時代は、神仏習合思想の一つで、日本の八百万の神々が様々な仏の化身として現れたとする本地垂迹(ほんちすいじゃく)が広まっていため、それが影響している。
<世界遺産 安芸の宮島の”大鳥居 ”の神秘>
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Photo by (c)H3 |
大鳥居の屋根の東側(御笠浜側)には太陽、西側(西松原側)には月のシンボルマークがあり、陰と陽を表していて、風水上、北東は鬼門の方位とされるので、太陽は鬼門封じのためといわれる。
安芸の宮島は島全体をご神体とするため、古来は対岸から小船に乗って、大鳥居をくぐり、参拝していた。
大鳥居に掲げらている扁額は、二つあり、神社側は「伊都岐島神社」、海側は「厳島神社」と有栖川宮家の9代目当主の有栖川熾仁(たるひと)親王により書かれている。
海の中に聳(そび)え立つ大鳥居は、いったいどうやって建っているのか不思議だった。
すると、大鳥居には、先人の知恵が隠されていたのである。
大鳥居は、自然の重みだけで建っていて、台風や地震が来ても決してびくともしない。
まず、大鳥居の上の部分の島木が箱形の造りになっていて、重石のとしてこの中にこぶし大ほどの玉石が7トンも詰めてある。
また、主柱・袖柱が全部で6本足になっているため、安定している。
室町時代に、現在のような袖柱がある四脚鳥居になったと云われている。
柱と屋根の交差する部分には、柱と屋根のひずみなどを吸収してくれる役割のクサビが施されている。
海の底の基礎の部分は、鳥居の固定のために地中に松材の杭(木の棒)を打って、さらにその上から要所要所に石を配置する布石(ふせき)をしている。
大鳥居は、腐りにくく虫に強いクスの木で、高さ16.8mで、主柱の外周は9.9mもある。
<神様が本殿へ行くときに通る道―神様専用の門・不明門(あけずのもん)>
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| 不明門 |
決して開かれることのない「不明門」。
御山神社から降りてきた神様が、本殿に行くにときに通る道とされ、神聖な場所とされ立ち入り禁止になっている。
神職でさえも、近づくことは容易ではないとされている。
また、厳島神社が災害にあった時に、御山神社に御祭神の神々に移ってもらう門とも云われる。
場所は、本殿裏手の森「後園(うしろのその)」にある。
不明門の屋根は、桧皮葺の厳島神社で唯一の瓦葺屋根になっている。
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神々が国を創り統治していた神代(かみよ)のころ
海の女神「三女神」が舞い降りた地点に鎮座する
厳島神社奥宮・御山神社 |
厳島神社は内宮で地御前神社は、厳島は島全体が聖地とされ、禁足地とされていたため遥拝するために作られた外宮で厳島神社の対岸にある。
つまり、地御前神社と厳島神社を結ぶ延長線上にある形で、御山神社(みやまじんじゃ)が鎮座する。
仁安3年(1168年)、厳島神社と時を同じくして、平清盛により創建された。
御山神社は、神代の昔、三女神が君臨したという伝説がある。
三女神とは、厳島神社と同じく市杵島姫・田心姫・湍津姫の三女神のことである。
本来、三女神を祀る厳島神社の奥宮であったが、厳島神社の別当職として祭祀を行っていた厳島の総本坊である大聖院が、神仏習合思想により管理することになった。
そのため、江戸時代には奥宮は、日本で唯一鬼の神である三鬼神を祀る三鬼堂(さんきどう)となった。
だが、明治時代には神と仏を区別させる神仏分離令がだされ、神道と仏教、神社と寺院などに区別した。
そらから三鬼堂は、弥山の鎮守として弥山頂上付近に鎮座することになった。
そして、明治初期に御山神社となり、三女神を祀る厳島神社の奥宮となり、本来の山上に奥宮をもち、奥宮を拝するような位置に本殿がある形に戻った。
御山神社は、一列に並んだ朱の社殿3社からなっている。
東側は絶壁になっていて、瀬戸内海の島々が見渡せる。
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厳島神社よりも前に創建されたと云われる宮島最古の神社
安芸の宮島の地主神「大元神社」 |
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| 大元公園 |
左は拝殿 |
右は本殿 |
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| 大元川 |
大元神社の右側
太陽の光エネルギー体も現れた
Photo by (c)H3 |
大元神社 ― 創建は謎に包まれており、宮島の地主神として信仰を集めてきた。
神社の側にある巨大モミの木が聳え立つなか、重要文化財である本殿が鎮座する。
江戸時代には、大元桜花が咲く厳島八景の一つと云われる桜の名所でもある。
大元公園と呼ばれる大元神社境内は、神聖なエネルギーが感じられる。
その近くには、水晶山が聳え立つ。
大元神社付近は大元浦と呼ばれ、古くは船が停泊する船着場になっており、ここから厳島神社に参拝したと云われる。
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| 大元川の赤い橋 |
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樅の木(モミノキ)
Photo by (c)H3 |
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樅の木(モミノキ)
Photo by (c)H3 |
「大元葺」と呼ばれる六枚重三段葺の板葺きの屋根は、室町時代で日本全国に現存する唯一のものである。
それ以外で見られるものは、中世の絵巻物の中だけである。
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| 左が拝殿 |
右が本殿 |
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境内には木彫りの赤い木馬が安置されている
Photo by (c)H3 |
本殿、拝殿、鳥居からなる現在の社殿の造営は、戦国時代、1523(大永3)年と伝えられ、創建は謎に包まれている。
祭神は、国常立尊(くにとこたちのみこと)、大山祇神(おおやまづみのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、そして厳島神社の初代神主・佐伯鞍職を祀っている。
毎年1月20日には、大元神社例祭である御弓始の儀式・百手祭(ももてさい)が行われる。
大元神社に祝詞を奏上し、神饌(神様へのお供え物)を献じた後、的の裏面に甲・乙・ム(こう・おつ・なし)の3文字を謎字とした“鬼”という字を書き、天・地・左・右を射た後、鬼という文字が裏面に書かれた的を射る。
この鬼という字は、「年の始めから争いごとはしない」「勝負を争わない」ということを意味している。
百手とは、1手=2本の弓を射るという意味で、200本の弓を射るということを意味している。
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報賽額(ほうさいがく)
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また、毎年5月15日に行われる神事・御島巡り(おしまめぐり)では、安芸の宮島にある浦々の神社9社に参拝し、最終地点である大元神社に、御島巡式を無事成就したお礼に報賽額(ほうさいがく)を奉納する。
厳島神社の摂社と云われているが、厳島神社とは別格であり、大元神社こそが宮島の地主神であるのではないだろうか。
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かつて厳島神社の候補地だった!?
奇岩が点在する尾道・岩子島の厳島神社 |
瀬戸内海に浮かぶ周囲約8kmほどの小島・岩子島(いわしじま)にも厳島神社が存在する。
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| 向島から見た岩子島 |
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真っ赤な橋が「向島大橋」
左が岩子島で右が向島
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広島県尾道市にある岩子島(いわしじま)―対岸にも、奇岩が点在する向島があり、向島大橋で結ばれる。
古来から鰯漁が盛んだったため、鰯島(いわしじま)とも呼ばれる。
またの名を「うわし島」ととも呼ばれる。
向島町に編入される前は、御調郡(みつぎぐん)岩子島村と呼ばれていた。
現在、尾道市に編入したため御調郡という名は存在しない。
岩子島は、島の西側に厳島神社が鎮座することでも有名な地である。
岩子島・厳島神社―向島大橋を渡り左折し、車で10分ほど行くと岩子島の厳島神社がある。
白い砂浜が広がる中、海の手前に聳え建つ鳥居が見える。
太陽の光が当たるとより一層、朱塗りの鳥居が海に映えて美しい。
満潮時には、安芸の宮島の厳島神社のように鳥居の足元まで海に浸かると云う。
また、忠臣蔵の赤穂浪士47士の絵が、本殿の軒下に飾られている。
本殿の創建は、不明とされている。
祭神は、厳島神社と同じ祭神を祭る分祀である。
さまざまな諸説があるが、伝説によると厳島の祭神である市岐島比売命が幼子を連れて、生口島から岩子島に何回か滞在したと云われている。
海の守り神として信仰を集めている。
岩子島の創建は不明とされるが、平清盛が日本と中国の宋朝(南宋)の貿易である日宋貿易(にっそうぼうえき)のための役割を果たす目的もあり、厳島神社を岩子島に建てるか宮島に建てるか迷っていたとも云われている。
そして、地理的にも交通の便がすぐれている宮島に、現代で云う駅のような役割りとしても成り立つ、寝殿造りの厳島神社を作ったと云われている。
<向島町指定文化財・岩子島厳島神社管絃祭>
毎年7月末に西の筆影山に夕日が沈む時刻に、4隻の船が鳥居前を出発する。
そのとき、先頭であるさいとう木船が出発したのち、伴走船2隻が出発し、最後に大きな提灯をつけた御神体の天秤を安置した御座船が出発する。
<乗っても揺るがない!?岩が重なる奇岩・ゆるぎ岩>
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| ゆるぎ岩 |
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「ゆるぎ岩」の裏側にも奇岩が点在する
Photo by (c)H3 |
尾道水道の西端に位置し、標高130mの西岩岳の山頂に「ゆるぎ岩」は存在する。
道市の天然記念物文化財にも指定されている。
方状節理に従って分裂していると云われているが、一説によると尾道の謎を研究する尾道大学芸術文化学部美術学科の稲田全示教授は、台座に載った細長い岩が真北の方位を示し、方位岩ではいかと推測している。
さらに大岩には自然に開いた穴ではなく、人工的に開けられた穴があり、それは冬至の方向を示しているとも推測している。
なんと、その方向は三原市の峰の薬師が鎮座するという。
尾道にしても、宮島にしても、いったい誰が何の目的で巨石を建造したのかは未知の世界である。
この不思議の謎を解く鍵を見つけるに、実際に足を運んで感じてみるのが一番かもしれない。
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世界遺産の安芸の宮島の早朝から、朝日を浴びた瞬間です!
Photo by (c) H3 |
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宮島へはフェリー会社が2社あるので、どちらか好きなのを選んで乗りましょう。
ソラモン一行は、待ち時間の関係でなぜかJR宮島のフェリーに乗ってしまうのです。
Photo by (c) H3 |
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宮島へフェリーで向かう途中、海にはカキ筏(いかだ)が浮かんでいたりしています。
Photo by (c) H3 |
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海に浮かぶ?大鳥居がだんだんと近くに見えてくると、「あ〜安芸の宮島に来たんだー」と思います。
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| Photo by (c) H3 |
ここが噂?の宮島桟橋です。室内は禁煙ですが、一歩外に出ると喫煙者がタバコをいたるところで吸っているので、赤ちゃんや小さな子供がいる方、体の弱い方、禁煙中の人たちはすばやく空気の綺麗な場所へと避難してくださいね。
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| Photo by (c) H3 |
宮島に着くとまず驚くのは、あちこちに野鹿がいることです。人が触ったり近くに行っても逃げたりしなし、可愛がったりできるので戯れるのもいいかもしれません。ただし、ビニール袋の音に異常に反応するので鹿が急に野性的になるので注意しましょう。ときどきお菓子やおむすびの入ったビニール袋を引きちぎられている人も見かけることがあります。ベンチに座って優雅に落ち着いて食事なんかできませんよ。宮島に住んでいる人たちは、ブルーシートをバサバサ広げたり、傘を開け閉めしたりして鹿が寄ってくるのを撃退していました。
左の写真の立て札にも書いてあるように、特に角のある鹿は危険とされています。また、鹿の角をもったり小石を投げたりしないこと、鹿の暮らしを守るためにもエサを与えないように注意を促しています。
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Photo by (c) H3 |
○○の穴の向こうには、宮島の大鳥居が見えるはずだった!?のが、カキ祭りの旗が立ててあったので残念ながら見れませんでした。
「せっかくの名所なんだからあそこに立てなくてもいいのに・・・」と思ってしまった。
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左の写真には、「世界遺産 厳島神社 厳島神社は霊峰弥山を背景に、前面を海に望む入り江に建つ神社建築で弥山などを御神体として祀り、遥拝所をその麓に配置した日本における社殿建築発展の形式の一つです。社殿構成は十二世紀に平清盛の造営により、当時の寝殿造りの様式を取り入れて整備されましたが、その後焼失し、鎌倉時代に再建されました。海に建つ木造建物として過酷な環境下にありながら、大内氏や毛利氏、豊臣氏などの庇護に支えられて、古い様式を今日に伝えています。また、神社建築に加えて五重塔・多宝塔などの寺院建築も加えられ、神道と仏教との混交を示す文化遺産として、世界に類を見ない景観を造りだしています。世界遺産の範囲は厳島神社境内地と弥山北斜面の四三一・二ヘクタールが登録され、それ以外の島内が緩衝保護区域として設定されています。 廿日市市 廿日市市教育委員会 広島廿日市ロータリークラブ 寄贈 平成十七年五月十六日」と書かれています。
右の写真:宮島案内図を見れば、弥山を含めた安芸の宮島の島全体の案内図が一目瞭然!?
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上の写真には、「宮島の大杓子 この杓子は、宮島町が伝統工芸である宮島細工を後世に遺すとともに、杓子発祥の地である宮島のシンボルとして製作した世界一の大杓子で、平成八年十二月の厳島神社、世界遺産登録を機に展示しました。 ◎大きさ 長さ7.7メートル 最大幅2.7メートル 重さ2.5トン ◎材質 ケヤキ(樹齢二七〇年) ◎制作期間 昭和五五年五月〜昭和五八年三月(二年一〇ヶ月間) ◎製作者 宮島細工協同組合(延べ三〇〇人) 宮島杓子の由来 江戸時代の寛政年間(一七八九〜一八〇〇)に宮島の「時寺」に誓真という僧がおられ ある夜 弁財天の夢を見 その手にされた琵琶の形の美しさを杓子にうつし それを作ることを島の人に教えたことが始まりといわれています。その後 技法の巧妙さ、形の優雅さ、更に使い易さで日本全国に宣伝され「宮島杓子」として広まりました。現在では実用品としてだけでなく めし取るすくいとることから幸運福運勝運をすくいとる祈願杓子としても縁起の良い物とされています。」と書かれています。
Photo by (c) H3 |
フェリー乗り場の桟橋を出て右に歩いていくと、上の写真の風景がずらっと見えます。
ここを通っていくと、海に聳え立つ大鳥居を眺めながら最初の鳥居へ向かいます。
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安芸の宮島に訪れたほとんどの人が最初にくぐる鳥居です。
Photo by (c) H3 |
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かなり迫力ある狛犬が、どでんと待ち構えています。
Photo by (c) H3 |
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第一の鳥居を通り過ぎるとこんな風景になります。
Photo by (c) H3 |
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宮島で美しい景色を眺めながら、串団子を食べれるなんて幸せです。
Photo by (c) H3 |
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宮島と言えばやっぱり ”もみじ饅頭” ですよね。このお店はもみじ饅頭をさらに進化させて、「揚げもみじ」といったまったく新しい不思議食感を実現させたものを販売しています。特にあんこは格別においしいです。ただし、店内は喫煙OKなお店なので、タバコを避けたいなら外で食べましょう。
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この馬小屋に入った白い馬は神馬(しんめ)といって、昔は本物の茶色や黒の馬が奉納されて、厳島神社で飼っているうちに4〜5年で白い馬に変わっていたそうです。それが一回ならたまたまで済むけれど、厳島神社に何回奉納されても、たいていの馬が白馬に生まれ変わっていたという話があります。神馬になった白い馬は正月七日になると、背中に御幣を着けて、宮島にある各家々に新年のあいさつ廻りをしていたんです。馬の奉納を再開してほしいですね。馬とはかけ離れますが、実は宮島の包ヶ浦周辺には白い狸が出没するみたいです。
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| Photo by (c) H3 |
厳島神社の入場時間帯は、朝6時30分から17時30分になっています。
神社廻廊内一方通行で歩くようにしましょう。
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厳島神社は普通に見ると、海に浮かんで見えるか、水没して見えますね。
厳島神社の神殿が海の水に鏡のように反射して見える風景は絶景としかいいようがありません。
Photo by (c) H3 |
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海の水が引くと厳島神社のまわりは砂地へと変わっていきます。もちろん砂浜に入って厳島神社の近くにもいけます。
Photo by (c) H3 |
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厳島神社前に落ちたビニール袋を鹿がつついています。間違っても食べないようにしてもらいたいです。
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厳島神社の近くにある五重塔。
少々きつい階段をあがるとたどり着きます。
Photo by (c) H3 |
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後白河法皇 承安四年(西暦千百七十四年)御行幸松
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水晶山入り口ですが、現在は閉鎖で立ち入り禁止になっています。山の標高は低いです。
これより先は、広島大学の教育・研究のための施設になっていて、この地域は、自然公園法・文化財保護法により保護されています。自然観察の場として利用する場合を除き以下のことが禁止されています。 1.生物(動・植物・菌類・鳥・昆虫など)土砂岩石等の採集 2.キャンプ・焚き火等 3.ゴミ・廃棄物の投棄 4.その他各種法令に定める禁止事項の4つです。
詳細は、「広島大学大学院理学研究所 付属宮島自然植物実験所」に問い合わせてみてね。
→電話 0829-44-2025
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Photo by (c) H3 |
大元神社の近くにある公園横に「牛石」というものがあります。
この石は、古来より宮島の名石の一つに数えられ、石の形が牛に似ているところから名称がつけられました。
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安芸の宮島には水族館もあって、ペンギンやアシカが見れます。アシカショーはアシカの華麗な演技が見れます。
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火焔宝珠のある荒胡子神社(あらえびすじんじゃ) |
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銅の明神鳥居が聳え立つ「三翁神社(さんのうじんじゃ)」 |
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右下の写真の立て札には、「三翁神社 御祭神
中央:大綿津見神(おおねたつみのかみ) 安徳天皇、佐伯鞍職 二位尼(にいのあま)、所の翁(ところのおきな) 岩木翁(いわきのおきな)
左殿(向かって右):大己貴神(おおなむきのかみ) 猿田彦神(さるたひこのかみ)
右殿(向かって左):御子内侍(みこないし) 徳寿内侍(とくじゅないし) 竹林内侍の各祖神
由緒 御鎮座の年月不詳 昔江州(滋賀県)坂本の山王を勧請したもので明治維新までは山王社といった」と書かれています。
Photo by (c) H3 |
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厳島神社の正面入り口から見ると、間反対にある場所です。
Photo by (c) H3 |
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立て札には、「廿日市市天然記念物 名称:大願時の九本松 樹種:クロマツ(昭和48年3月1日指定) 樹高:18.00メートル 枝張:東西9.00メートル 南北8.00メートル この松は口頭伝承によると、伊藤博文公が明治時代頻繁に来島され、その際に植えたと伝えられています。」と書かれています。
Photo by (c) H3 |
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右下の木は、「大鳥居の根元材 現在建っている大鳥居は明治八年に建立されました 昭和二十六年大補修された 際取り換えられた「楠(くすのき)」の旧根元材です」と書かれています。
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看板には、「宮島歴史民俗資料館 宮島歴史民俗資料館は、江戸時代末期から明治にかけて豪商といわれた江上家の母屋と土蔵の一部を保存し、新たに展示室などを加えて昭和49年4月に開館。建物全体が宮島の町並み景観に調和するよう配慮されています。展示資料は約2000点。宮島に関わる幅広い資料を収集しており、宮島を題材とした詩歌・絵画や宮島案内記・宮島歌舞伎番付・古文書などの歴史資料、杓子づくりなどの木工生産や古くより伝えられた行事・習俗に関する民俗資料などが主体となっています。宮島の歴史や文化を理解する上で好個の施設といえます。」と書かれています。
せっかく宮島に来たのなら、必ず見に行くことをおすすめします。知らなかったことがいっぱいあることに気づかされるかも。
Photo by (c) H3 |
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宮島歴史民俗資料館の角を曲がると、「大西ふれあい花広場」といった、宮島町が広く一般に開放している花壇があって、誰でも自由に出入りできます。ただし、鹿が中に入らないよう注意しましょう。浮きに書いたブタさんやネコちゃんの顔がかわいいですよ。
Photo by (c) H3 |
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清盛神社は厳島神社のお末社で、御祭神はかの有名な平清盛公が建てた神社です。年1回の例祭は三月二十日です。
清盛神社のすぐ近くにある「清盛茶屋」には、これまた有名な山下清 画伯も訪れていて、お店の前に写真のコピーが飾られてありました。
Photo by (c) H3 |
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立て札には、「金刀比羅神社 厳島神社 御末社 御祭神 佐伯鞍職 御由緒 御鎮座年月日不詳 大正四年留守口恵比寿神社を合併奉祀する 例祭は十一月十日」と書かれています。
Photo by (c) H3 |
厳島神社では毎年4月15日の午後5時から「桃花祭」が能舞台で執り行われます。
発祥は日本ではなくインドで、中国→朝鮮半島→日本へと伝承され、今では日本の「安芸の宮島厳島神社」「宮内庁」「大阪四天王寺」の三箇所でのみ観られます。
ちなみに、桃花祭の翌日から3日間は「桃花祭神能」が観れます。
日本人ならではの舞楽が神聖です。
宮島へは宮島口よりフェリーで約10分。
宮島口〜宮島桟橋は、約15分間隔でJR連絡船と松大汽船の2社が運行しています。
運賃/片道大人170円 小人80円
JR連絡船:TEL(0829)56-2045
松大汽船:TEL(0829)44-2171
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【公共交通手段】
■車:
<関西方面の方>
広島岩国道路廿日市IC下車、国道2号経由で宮島口フェリー乗り場まで約10分、フェリーで約10分
<九州方面の方>
広島岩国道路大野IC下車、国道2号経由で宮島口フェリー乗り場まで約10分、フェリーで約10分
■列車:
JR広島駅から山陽本線で宮島口駅まで約25分、フェリーで約10分
■路面電車:
広島電鉄・広島駅から広電宮島口駅まで約60分、フェリーで約10分
■船(直行便):
広島港(宇品港)から宮島桟橋まで高速船で約22分
運賃/片道大人1460円 小人 730円
平和公園元安橋桟橋から宮島桟橋まで高速船で約50分
■飛行機:
<広島空港から>
リムジンバスで広島駅行きに乗車まで約48分
JR広島駅から山陽本線下りでJR宮島口駅下車。運賃/片道1300円
<広島西飛行場から>
タクシーでJR西広島駅まで約15分
JR西広島駅から山陽本線下りでJR宮島口駅下車まで約19分
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世界遺産の大鳥居に参拝しましょう。 |
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